うつろいの刻

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 『工藤新一』に戻ることが出来る。  そう告げられた時、喜ぶよりも先に、不安が襲った。  元の姿に戻る。  それは、この姿になってしまった時から、  強く強く願ってきた事だった。  今でも、その願いに変わりは、ない。  変わりなかったはずなのに、  こんな事を思っている自分に戸惑っていた。 1、 『ちょっと、服部くんと一緒に隣まで来てくれる?』  哀からそんな電話が掛かってきたのは、今から十分ほど前の事だった。  いつもよりも、少しこもって聞こえた声に首を傾げながらも、携帯だからそんなものなのかもしれない、と思ったコナンは、そのまま通話を切った。  そして哀の言葉を反芻しながら、ポツリと呟やく。 「……てか、なんであいつまで、一緒なんだ?」  こうやって哀に呼び出される事は、度々あったけれど、平次まで一緒にというのは、珍しかった。  こちらの大学に進学した平次は、春からこの家に下宿していた。  未だに、自分は元の姿に戻れないと言うのに、一足先に大学生になった平次に対して、嫉妬のような感情を持つかもしれない。  そう思っていたけれど、いざ、一緒に暮らしだした時、意外にも、そんな感情を持っていない自分に驚いた。  もちろん、元に戻る事を諦めたわけではない。  諦めたわけではないけれど、最近は、このままでもいいのではないかと、ほんの少しだけれど、思うようになって来たのだ。  それは、元に戻ったとしても、埋められない時間が多くなりすぎたからかもしれない。  いや。  きっと、それは言い訳だ。  このままなら、平次は、ずっと自分の傍らにいてくれるのではないか――。  そんな風に考える自分が、心のどこかにいるからだ。  そこまで考えて、コナンはぎゅっとその小さな手を握りこんだ。  平次が工藤邸に下宿をするのを機に、コナンは毛利探偵事務所から、こちらに居を移した。もともと、毛利家に世話になる事自体が不自然だったのだから、落ち着くところに落ち着いたという感じではあった。  こちらに移ると言った時、当然のことながら蘭は反対した。  平次は大学があるのだから、コナンの面倒を見るのは大変だと。それを言うなら、蘭だって立場は変わらないと思うのだけれど、それ以前に面倒を見てもらっている手前、それは口には出来なかった。  けれど、『工藤新一』を待ち続ける蘭の傍にいるのは、もう、限界だったのだ。  こんな姿になる前は、何かにつけて一緒にいた幼馴染に対して、淡い恋心を抱いていた。  だから、蘭の家に転がり込む事になった時、ほんの少しだけ、ラッキーだと思った事は否定しない。同時に、危険に巻き込みたくなければ、距離を置かなければならない、とも思った。  一緒に居たいけれど、危険には巻き込みたくない。  そう思っていた当時のコナンにとって、この姿はとても都合が良かった。ある程度、注意を払っていれば、『江戸川コナン=工藤新一』と言う図式がばれる事はないはずだから。  そして、黒の組織が壊滅して、危険が消え去った今。薬さえ完成すれば、工藤新一に戻るのに憂いはなくなったはずだった。  けれど――。  いつの間にか、蘭に対する想いは形を変えていた。  身体が元に戻りさえすれば、隣に立てるという想いが薄れてしまったのだ。  今でも、大切な幼馴染である事には、変わりない。  だが、蘭以外に、一緒に歩いて行きたいと思える人間が出来てしまったのだ。そして、そいつは『工藤新一』としての姿にこだわりはしない。  いつ戻れるかも分からない。  いや、もう戻れないかもしれない、この状況で。  こんな姿であっても、『工藤新一』の自己を認めてくれる人物は、一人しかいないのだ。  たとえ、戻れなかったとしても、彼だけは、自分の想いを受け止めてくれる――。 「って、何馬鹿な事、考えてんだよ」 ■ うつろいの刻 ■ A5オフ 46P 平新(コ) イベント販売価格 ¥500 Novel 綾部 澪

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 『工藤新一』に戻ることが出来る。  そう告げられた時、喜ぶよりも先に、不安が襲った。  元の姿に戻る。  それは、この姿になってしまった時から、  強く強く願ってきた事だった。  今でも、その願いに変わりは、ない。  変わりなかったはずなのに、  こんな事を思っている自分に戸惑っていた。 1、 『ちょっと、服部くんと一緒に隣まで来てくれる?』  哀からそんな電話が掛かってきたのは、今から十分ほど前の事だった。  いつもよりも、少しこもって聞こえた声に首を傾げながらも、携帯だからそんなものなのかもしれない、と思ったコナンは、そのまま通話を切った。  そして哀の言葉を反芻しながら、ポツリと呟やく。 「……てか、なんであいつまで、一緒なんだ?」  こうやって哀に呼び出される事は、度々あったけれど、平次まで一緒にというのは、珍しかった。  こちらの大学に進学した平次は、春からこの家に下宿していた。  未だに、自分は元の姿に戻れないと言うのに、一足先に大学生になった平次に対して、嫉妬のような感情を持つかもしれない。  そう思っていたけれど、いざ、一緒に暮らしだした時、意外にも、そんな感情を持っていない自分に驚いた。  もちろん、元に戻る事を諦めたわけではない。  諦めたわけではないけれど、最近は、このままでもいいのではないかと、ほんの少しだけれど、思うようになって来たのだ。  それは、元に戻ったとしても、埋められない時間が多くなりすぎたからかもしれない。  いや。  きっと、それは言い訳だ。  このままなら、平次は、ずっと自分の傍らにいてくれるのではないか――。  そんな風に考える自分が、心のどこかにいるからだ。  そこまで考えて、コナンはぎゅっとその小さな手を握りこんだ。  平次が工藤邸に下宿をするのを機に、コナンは毛利探偵事務所から、こちらに居を移した。もともと、毛利家に世話になる事自体が不自然だったのだから、落ち着くところに落ち着いたという感じではあった。  こちらに移ると言った時、当然のことながら蘭は反対した。  平次は大学があるのだから、コナンの面倒を見るのは大変だと。それを言うなら、蘭だって立場は変わらないと思うのだけれど、それ以前に面倒を見てもらっている手前、それは口には出来なかった。  けれど、『工藤新一』を待ち続ける蘭の傍にいるのは、もう、限界だったのだ。  こんな姿になる前は、何かにつけて一緒にいた幼馴染に対して、淡い恋心を抱いていた。  だから、蘭の家に転がり込む事になった時、ほんの少しだけ、ラッキーだと思った事は否定しない。同時に、危険に巻き込みたくなければ、距離を置かなければならない、とも思った。  一緒に居たいけれど、危険には巻き込みたくない。  そう思っていた当時のコナンにとって、この姿はとても都合が良かった。ある程度、注意を払っていれば、『江戸川コナン=工藤新一』と言う図式がばれる事はないはずだから。  そして、黒の組織が壊滅して、危険が消え去った今。薬さえ完成すれば、工藤新一に戻るのに憂いはなくなったはずだった。  けれど――。  いつの間にか、蘭に対する想いは形を変えていた。  身体が元に戻りさえすれば、隣に立てるという想いが薄れてしまったのだ。  今でも、大切な幼馴染である事には、変わりない。  だが、蘭以外に、一緒に歩いて行きたいと思える人間が出来てしまったのだ。そして、そいつは『工藤新一』としての姿にこだわりはしない。  いつ戻れるかも分からない。  いや、もう戻れないかもしれない、この状況で。  こんな姿であっても、『工藤新一』の自己を認めてくれる人物は、一人しかいないのだ。  たとえ、戻れなかったとしても、彼だけは、自分の想いを受け止めてくれる――。 「って、何馬鹿な事、考えてんだよ」 ■ うつろいの刻 ■ A5オフ 46P 平新(コ) イベント販売価格 ¥500 Novel 綾部 澪